母の日の前になると、アプリにも店頭にも「ギフト」の文字が増えていきます。
私も、この時期だけは「ちゃんとしなきゃ」と背筋が伸びるような感じがしていて、準備できなかった年は妙に自分を責めてしまったこともあります。
だから最初に言っておくと、この記事であなたに「それはダメ」なんて言いたくありません。
「結局どうしていいんだろう」で止まっている気持ちのほうが大事だと思っているからです。
ここでの問いはシンプルです。
母の日を広げた張本人が、実はその母の日のあり方について強く反対したとされているという、少し意外な歴史があります。
名前を一言であげるなら、アメリカのアンナ・ジャービス。
彼女が何を目指し、どこへ違和感を覚えたのか。
そのあたりを、押しつけがましくない程度に整理してみます。
母の日を「作った」と言われる人は誰か
ストーリーの中心にいるのは、アンナ・ジャービスです。
彼女を突き動かしていたのは、亡くした母への思いでした。
母親の愛や働きに、ちゃんと感謝を向ける機会があるといい。
そんな気持ちが、運動という形になり1908年にはアメリカ・ウェストバージニアの教会などで記念の礼拝が行われるとされています。
その後、全国に広がる運動になり1914年にはアメリカ大統領ウッドロウ・ウィルソンによって「5月の第2日曜日が母の日」と正式に定められたという流れがよく紹介されます。
日本でも同じ日になるのは、この源流をひもとく話です。
「決まりだから」の片づけではなく、そこまでに個人の願いと時間があったというだけで、この行事の輪郭は少し柔らかく見えませんか。
「本来」は何をしていた日だったか
アンナの母は、衛生環境や疾病予防にも関わり、伝承では戦争で傷ついた兵を支えたとも語られるような人でした。
ただ家事をしていた「タイプ」の母親ではなく、その人となりへの尊敬が原点にあったという読み方ができます。
そんな経緯があるから、アンナが描いていた母の日はお祭り広告よりもむしろ、次のような近いイメージに寄っていたとも言えるでしょう。
- 手紙を書いたり、自分の言葉でありがとうを伝える
- 教会などで記念したり(宗教色の受け止め方は人それぞれですが)、心を込めて時間を使う
- 亡くなった母を偲んで、祈りや思いを静かに向ける
要するに、売り場のイベントというより「こころの所作」の日だった側面が強いという説明になります。
「何も買えない自分は点数が低い」のではなく、その前提が歴史的には細い方だったとも言えそうです。
カーネーションのはじまりも、個人の思いだった
母の日と花の結びつきは、象徴として覚えやすい一方で「買わなきゃ」と感じさせるトリガーにもなります。
ここだけ先にひっくり返すと、アンナが禮拝などで亡母を偲ぶ際に白いカーネーションを用いたという経緯がよく語られます。
白は追悼や純な思い寄せのイメージで紹介されることがあり、今の「赤やピンクが定番」の感覚とは少しズレがあります。
だからこそ、渡す相手によっては「色」の受け止め方をひと工夫してもいい場面があります。
それでも結局、花は言葉の代わりではなく、言葉の手前にある“形”でいいんじゃないかという立て方は今の暮らしにもあいそうです。
では、本当に「商業化に反対」したのか
ここが一番よく検索されそうなキーワードでもあります。
母の日を広めたアンナ本人が、のちに母の日の商業化に強く反対したとされる、というのが定番のかみ砕き方です。
もちろん歴史の細部は専門家の議論の余地もありますが、少なくとも「物を売るための日ではなかった」という彼女の軸は、多くの解説で強調されます。
花、カード、ギフト、外食のキャンペーン――今の母の日を想像すると、ちょうど彼女が距離を置きたかった方向に社会が育ってしまったという皮肉も感じます。
そして忘れてはいけないのは、母の日を「買う日」に引っ張った流れは、日本でも企業イベントやメディアと結びつきながら広まった面があるという話です。
たとえば1930年代の大規模な母の日イベントは、認知を一気に押し上げたきっかけとして語られることがあります。
「感謝」から入ったはずの文化が、流通の力で形を変えた――そんなふうに見ると、いま感じる違和感も「あなただけの気のせい」ではないかもしれません。
ここからは、今の私たちの話
私は、感謝の気持ちはあるのにうまく形にするのが苦手なタイプだと思っています。
だから母の日は妙に「できていない証拠の日」みたいに感じることもありました。
離れて暮らしていて「何もしないと申し訳ない」と胃のあたりがきしむ感じ、わかる人にはわかると思います。
それでも、歴史をここまでなぞる意味は一つあって、アンナが守りたかったのは完璧な贈り物ではなく、誠実な一言や時間だったという説明に立つと今日の私たちは少し肩の力を抜けます。
高いものを選べなくても文章が苦手でも「今日はちゃんとありがとうって言う」だけを小さな一歩にしてもいい。
明日、少しだけやってみるなら
母の日の「本来」は、冷たい道徳ではなく、忙しさのなかで埋もれがちな尊敬を、表に出すための小さな穴をあける日だったように私には見えます。
うまくいかない日もある。準備が遅れた年もある。
それでも「言葉にする」「短いメッセージを添える」「電話だけする」のどれか一つだけ、試してみる価値はあると思います。
あなたが無理なく動けるラインで、ちょっとだけ前を向いて終われたなら、この文章の役目はそれで十分です。
来年の自分にほんの少し優しくなれますように。
